『さおだけ屋はなぜ潰れないのか?』で有名な公認会計士で作家の山田真哉氏が昨年末出版した『経営者・平清盛の失敗』という新作が話題を呼んでいる。清盛は、平安後期にはつぶして銅材とされていた宋銭を、貨幣として利用・普及させることで独占利益を得たものの、ハイパーインフレを招来し没落した経緯を追っている。 — 討論×闘論 » 記事アーカイブ » 「清盛インフレ」に言及した日銀の真意 | ブログ | Reuters.co.jp
Q: カリフォルニアに移ろうと思った理由は?
A: カリフォルニアに満ちている楽観主義を私は楽しんでいる。失敗を恐れずに試してみたり、アイデアを追求することができる。何人かが集まって、そうしたアイデアを形にするために会社を興すことを、本当にシンプルに、実行に移すことができるのがカリフォルニアなんだ。そうした実践的で、率直なアプローチが好きなんだ。
金儲けができる、という感覚ではなくて、アイデアを持ち、それを実践する、というのがこの場所の特徴だし、大事なことだ。
— ジョナサン・アイヴ独占インタビュー (1) | 田園Mac
戦略の本質は、アナリシス(分析)ではなく、シンセシス(綜合)です。戦略を構想するとは、分業と分析によって集められた各要素をつなぐことです。要素を担当する部署など担当者の次元にある仕事ではありません。商売全体をどう動かしていくかを考える経営者の仕事です。 — 楠木建・一橋大学大学院国際企業戦略研究科教授 ストーリーになっていない戦略は本物ではない:日経ビジネスオンライン (via motohirokomase)
日本のメーカーがソフトウェアを長年軽視してきたことは、ここで何度も指摘しているが、では「ソフトウェアを重視するカルチャー」とは、どんなものだろう。 Mark Zuckerberg が IPO に際して株主に書いた手紙にそれを象徴する文章があるので、ぜひとも読んでいただきたい。
To make sure all our engineers share this approach, we require all new engineers — even managers whose primary job will not be to write code — to go through a program called Bootcamp where they learn our codebase, our tools and our approach. There are a lot of folks in the industry who manage engineers and don’t want to code themselves, but the type of hands-on people we’re looking for are willing and able to go through Bootcamp.
ソフトウェアを重視するとは、こういうことである。自らコードを書かないエンジニアをソフトウェア・エンジニアとは呼べない。そして、そんなエンジニアをちゃんとマネージするには、やはり自らコードを書くことを喜んでする人材が必要なのだ。
— Life is beautiful: Facebookに学ぶソフトウェアを重視するカルチャー


ほぼ日刊イトイ新聞 - 「しがらみ」を「科学」してみた。 (via gumbor)
(appbankから)
震災後、中高一貫の私立の学校と話をしていると、現状の通うことが基本となる学習環境の場合、停電や公共交通機関の不安定さから、登校させることが安全上適当でない、と判断せざるを得ない日々が続く場合、どのように「学びを止めない」ようにするのか、という環境が全く整っていないことに気付かされたという。
もちろん学び以上に身の安全が第一であるが、それが確保された後に、どのようにして学習環境を立て直すのか、考えなければならない。このシチュエーションで、モバイルとソーシャルの学習環境の有効性について、小さな一歩を踏み出せたこと。今後大きな価値に変えていきたいという使命感とともに継続して実現していかなければならないテーマであると考えている。
— Castalia が GSMA Mobile Educationで石巻プロジェクトを発表しました [ t]
静かで内向的なのは正しくない、もっと外向的になるよう努力すべきだというメッセージを、いつも受け取っていました。そして心の中で、そんなの間違っている、内向的なことに悪いことなんてないのにと感じていました。でもそういう直感をずっと押し殺していて、こともあろうに金融街の弁護士になりました。ずっとなりたかった作家ではなく・・・。自分だって大胆で積極的になれるんだと証明したかったというのもあると思います。そして賑やかなバーによく出かけました。本当は友達と落ち着いて食事する方が好きだったのに。そういう自己否定的な選択をほとんど反射的にしていて、自分では選択していることに気づいてもいませんでした。
これは内向的な人の多くがしていることで、本人にとって損なことですが、同時に同僚やコミュニティにとっても損失であり、大げさに聞こえるかもしれませんが、世界にとっても損失なのです。なぜならクリエイティビティやリーダーシップという面で内向的な人に実力を発揮してもらう必要があるからです。全人口の1/3から1/2は内向的です。皆さんの知り合いの3人か2人に1人は内向的だということです。だから自分は外向的だったとしても、同僚や配偶者や子どもたちや今隣に座っている人は内向的かもしれません。その人たちはみんな、社会に深く根ざした現実の偏向によって不利を被っているのです。私たちはみんな、それを言い表す言葉も知らない幼い時期から、それを内面化しているのです。
— 内向的な人が秘めている力 (via mayumiura)(mayumiuraから)
ボクは、ソーシャルメディア時代、「個であること」ほど、大切なことはない思っている。
独立してひとりで生きろ、とかノマドしろとか、そういう意味ではなく、組織や肩書きに頼らず、「自分」を晒して生きることがとても大切だと思っている。
なぜなら、ソーシャルメディアは「個」と「個」のつながりでできているから。
「個」と「個」のつながりのみででき上がっているメディア上では、「個である自分」しか人はつきあってくれない。
だから、ソーシャルメディア上では、「組織」人ではなく「個」人としての発信じゃないと、信用も共感もされない。
首相とか、社長とか、部長とか、肩書きや役職を元に発信しても、「信頼」や「尊敬」や「共感」を得ることはとても難しい。どんなに偉くても、組織内で実績があっても、それがポジショントークである限り、誰も耳を傾けてくれない。
組織内では当然のようにあるヒエラルキーは、ソーシャルメディア上では存在しない。上下関係もなく、フラットに「個」と「個」がつながっているのがソーシャルメディアだ。そこに組織のポジショントークを持ち込んでも「信頼」や「尊敬」や「共感」が得られることはない。
— www.さとなお.com(さなメモ): 組織や肩書きに頼らず「自分」を晒して生きるということ (via mayumiura)(mayumiuraから)
つまり、ひたすら有利な交換を願うものは、その論理的必然として、やがて自分の手持ちの資源の価値がゼロであることを願うようになるのである。
悪魔的なコロラリーだが、現に、日本社会はそうなっている。
学生たちは愚鈍さを競い、労働者たちは他の労働者が自分より無能でかつ薄給であることを喜ぶという倒錯のうちに落ち込んでいる。
それは彼らが怠惰であったり、不注意であったりしているからではなく、「有利な取引をするものが賢い」という市場原理のルールをあまりに深く内面化したことの帰結なのである。
— 『赤毛同盟』と愚鈍の生成について (内田樹の研究室)
--地震研究の成果を社会にどう役立てるか
「お茶の間レベルで啓発するなら、発生確率よりも『家のこの部分を補強して』『この家具は固定を』などと言う方が効果的だ。例えば東京都文京区では地盤の状態が詳しく分かっており、震度6強だと木造や鉄筋コンクリートの建物が築何年でどのくらい被害を受けるか分かる。他の自治体でもかなり分かっており、大地震が起きたときの家の状態を予測して耐震診断や補強につなげられるのに、そこまでいっていない。建物がどう揺れるかは建築や土木の世界で、われわれはそれを下支えしている。その意味で地震学の成果は国民に直接というよりも、建築や土木の世界を通じて役立てられるものだと思う。ある地域の地震発生確率は国が限られた予算を配分するときなどに有効だが、一方で一人一人の防災意識を弱めたり、地震予知ができるとの誤解を与えかねない」
--それでも地震予知への期待は根強い
「研究が進めば進むほど予知の難しさが分かってきた。地震の正体は岩が割れる現象だが、それは岩石の組成や地下の圧力、温度といったさまざまな条件で変わってくる。例えば1枚の葉っぱを100回落としても一度として同じ落ち方をしないように、破壊現象もすごく複雑。割りばし一本の割れ方もよく分かっていない人類が、圧力や温度などの環境も分からない地下で、いつ岩石が割れるかを予測するのは非常に難しい」
—東京大地震研究所アウトリーチ活動を行う大木聖子氏の常識的な意見。要するに、人間には地震予知なんて最初から無理なのだから、誰もが予知を期待して地震に対する自分の責任を放棄した気になるな、ということ。
【地震学はどう変わったか(3-3)】予知困難 等身大の説明大切+(1/3ページ) - MSN産経ニュース
(via kashino)
(yucoから)
「『これからも頑張って練習するんだぞ』と言うと、『やりたいんですけど、練習する場所がなくて練習できないんです……』と困った様子で言う子が何人もいたんだよね。それを何とかしてあげたいっていうのが今、一番強く思ってることなんです。被災地の復興の中でスポーツが後回しになってしまうのも分からないわけじゃない。人の生活や住居のことが最優先になるのは当然だと思うし。だけど『スポーツ施設は3年後に建て直します』となったら、子供たちの3年間は失われてしまう。3年っていったら、小学生が中学生に、中学生が高校生になる時間でしょ。それを空白にしたらスポーツが消えてしまう。僕は絶対にこのままじゃいけないと思ってます」 — スポーツナビ | サッカー|Jリーグ|東北人魂を胸に、復興活動を続ける小笠原満男(1/2)
261 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/10/31(金) 08:46:18.10 ID:rT1aWlBi0
第二次大戦が終わり、私は多くの日本の兵士が帰国して来る復員の事務についていた、
ある暑い日の出来事でした。
私は、毎日毎日訪ねて来る留守家族の人々に、
貴方の息子さんは、ご主人は亡くなった、死んだ、死んだ、死んだと伝える苦しい仕事をしていました。
留守家族の多くの人は、ほとんどやせおとろえ、ボロに等しい服装の人が多かった。
ある時、ふと気がつくと、私の机から頭だけ見えるくらいの少女が、チョコンと立って、
私の顔をマジ、マジと見つめていた。
「あたし、小学校二年生なの。おとうちゃんは、フィリピンに行ったの。
おとうちゃんの名は、○○○○なの。いえには、おじいちゃんと、おばあちゃんがいるけど、
たべものがわるいので、びょうきして、ねているの。
それで、それで、わたしに、この手紙をもって、
おとうちゃんのことをきいておいでというので、あたし、きたの」
顔中に汗をしたたらせて、一息にこれだけいうと、大きく肩で息をした。
私はだまって机の上に差し出した小さい手から葉書を見ると、
復員局からの通知書があった。
住所は、東京都の中野であった。
私は帳簿をめくって、氏名のところを見ると、比島のルソンのバギオで、戦死になっていた。
「あなたのお父さんは—-」
といいかけて、私は少女の顔を見た。
やせた、まっ黒な顔、伸びたオカッパの下に切れ長の眼を、一杯に開いて、
私のくちびるをみつめていた。
私は、少女に答えねばならぬ。答えねばならぬと体の中に走る戦慄を精一杯おさえて、どんな声で答えたかわからない。
「あなたのお父さんは、戦死しておられるのです」
といって、声がつづかなくなった。
瞬間少女は、一杯に開いた眼を更にパッと開き、そして、わっと、べそをかきそうになった。
涙が、眼一ぱいにあふれそうになるのを必死にこらえていた。
それを見ている内に、私の眼が、涙にあふれて、ほほをつたわりはじめた。
私の方が声をあげて泣きたくなった。
しかし、少女は、「あたし、おじいちゃまからいわれて来たの。おとうちゃまが、戦死していたら、
係のおじちゃまに、おとうちゃまの戦死したところと、戦死した、じょうきょう、じょうきょうですね、
それを、かいて、もらっておいで、といわれたの」
私はだまって、うなずいて、紙を出して、書こうとして、うつむいた瞬間、
紙の上にポタ、ポタ、涙が落ちて、書けなくなった。
少女は、不思議そうに、私の顔をみつめていたのに困った。
やっと、書き終わって、封筒に入れ、少女に渡すと、
小さい手で、ポケットに大切にしまいこんで、腕で押さえて、うなだれた。
涙一滴、落とさず、一声も声をあげなかった。
肩に手をやって、何かいおうと思い、顔をのぞき込むと、
下くちびるを血がでるようにかみしめて、カッ眼を開いて肩で息をしていた。
私は、声を呑んで、しばらくして、
「おひとりで、帰れるの」と聞いた。
少女は、私の顔をみつめて、
「あたし、おじいちゃまに、いわれたの、泣いては、いけないって。
おじいちゃまから、おばあちゃまから電車賃をもらって、電車を教えてもらったの。
だから、ゆけるね、となんども、なんども、いわれたの」
と、あらためて、じぶんにいいきかせるように、こっくりと、私にうなずいてみせた。
私は、体中が熱くなってしまった。
帰る途中で、私に話した。
「あたし、いもうとが二人いるのよ。おかあさんも、しんだの。
だから、あたしが、しっかりしなくては、ならないんだって。あたしは、泣いてはいけないんだって」
と、小さい手をひく私の手に、何度も何度も、いう言葉だけが、私の頭の中をぐるぐる廻っていた。
ベア速 涙がでちゃうコピペ (via biccchi) (via shayol, yaruo)
2008-11-12
(via gkojax-text) (via yaruo)
戦争反対
(via kotoripiyopiyo)
「色んなお客様がいるんだよ」と店長や所長に言われても、こちらも人間、そう簡単に「色々な人がいる」と認めることができない。「色んなお客様がいるんだよ」なんてことを本気で言えるのは死ぬ間際の悟りの境地の人間でしかない。
特に〈勉強〉というのは、「色々」ではなくて、人が従うべき普遍的真理を追究することですから、「色々」なんて言われたら、自意識が一挙に吹っ飛んでしまいます。自己意識の強い(=勉強したての)若い皆さんにとっては、「色々な人がいる」というのは絶えられない屈辱でしかありません。学生時代、まじめに勉強した人ほどそういった屈辱にまみれることになります。
— BLOG「芦田の毎日」: 2006年度卒業式式辞 ― 〈顧客満足〉とは何か? (二枚の写真付き)そこへ降って湧いた結婚式場の建設計画。場所は観覧車の向いの、みなとみらい21地区の一等地である。都市美対策審議会では専門家から異論が相次いだ。「猥雑な景観」「デザインの微修正で済む問題ではない。根本からの見直しを求める」とここまで辛辣な意見が審議会で出たことは過去に例がないという。 — 揺れるみなとみらい、景観は誰のもの? —- 伊藤ひろたか : アゴラ - ライブドアブログ
『カーネーション』には脚本家・渡辺あやの“思想”が色濃く投影されている。脚本家という職業で輝くには,人生の一時期は東京で〈流行(モード)〉を追わなければならないと一般には思われている。渡辺あやは神戸→ドイツ→島根と居を移しつつ,結婚・出産を経て,島根に根を張って脚本を書いている。確かに,民放の連ドラのような〈流行〉の作品は不向きだろう。しかし,人に希望を与えるような〈不易〉の作品(映画やNHKドラマ)は島根に住み続けるからこそ書ける部分もある。夏木マリへのバトンタッチを前にした,尾野“糸子”真千子の最後の葛藤(東京へ行くか岸和田に残るか)は,渡辺あやも一度は直面した問題だろう。 — 赤尾晃一の知的排泄物処理場(わかば日記) 『カーネーション』126話にみる70年代における分界点