金曜日, 1月 6, 2012
2009年7月14日付の『ニューヨーク・タイムズ』への寄稿 (A Flash of Memory) の中で自身の被爆体験を初めて公表した。三宅は「破壊ではなく創造できるものについて考えることを好んできた」「『原爆を生き延びたデザイナー』というレッテルを貼られたくなかった」ことを理由に被爆体験については沈黙を続けていたが、2009年4月にアメリカのバラク・オバマ大統領がプラハでおこなった核廃絶についての演説が、「語ることに気乗りしなかった、自分の内側の深い場所に埋もれていた何かを呼び覚ました」という。三宅は原爆について「原爆の色、いまでもイメージが浮かんでくる。いやな色だ」と話し、被爆体験を語ることについて寄稿の中で「個人的かつ倫理的責務を感じている」と述べている。 三宅一生 - Wikipedia (via kotoripiyopiyo)