シュピーゲル: アンダーソンさん、ジャーナリズムの将来についてお話させて下さい。
アンダーソン: 困ったインタビューになりそうですね。私はジャーナリズムという言葉は使いません。
シュピーゲル: それでは、新聞ではどうですか?米国だけでなく世界中で危機に陥っていますが。
アンダーソン: すみませんが、私はメディアという言葉も使いません。ニュースという言葉もね。そういった言葉はもはや何の意味も持たないと思います。それは20世紀において「パブリッシュするとは何か」を定めた言葉でした。今となっては、これらの言葉は障壁にしかなっていません。「馬のない馬車」のように、私たちの思考を邪魔しているのです。
POLAR BEAR BLOG: クリス・アンダーソン曰く「メディアは仕事というより趣味になるだろう」 (via takaakik) (via quote-list) (via gkojax) (via ipodstyle)リブログのポストメディア論
メディア論の泰斗、マクルーハンの著作は、いくつもの断片が無計画に並べられているように見える。最初から読み進めてもよく分からない。途中から読み始めても問題ないよう見える。これがインターネット的だという指摘はなされてきた。
電子書籍が本格的に普及した場合、それはもはや書籍と呼べるのかどうか分からないような形態を取るだろう。最初から順に読むのではなく、ブラウジングするように読まれるのではないか。電子書籍自体も、断片を寄せ集めたような形になるのではないか。その際にマクルーハンは再び、電子書籍的だという指摘がなされるだろう。いずれにせよ、マクルーハンは、書籍の形態そのものでもって、メディアの将来を予測したのだ。
情報の断片として閲覧される書籍はさらに、気に入ったセンテンスをブックマークする機能がつき、さらにそれを閲覧する機能がつき、さらにそれを他人に見せる機能がついていくだろう。(現状の著作権法による限界は考えない。)Tumblrのリブログ機能はその大きなヒントになるだろう。読者は書籍を読みながら、読者から編集者という立場へと変化し、紡ぎ出される編集物は、さまざまな書籍の糸を織り込んだ、見事な織物となって現れる。
2010年はそうした世界への大きな転換の年になる。そうした時代に生まれたことを、いちクリエーターとして、本当に幸運だと思う。
Amazonの取り組むべき課題
電子書籍が一般化した後は、得意分野を持った出版社が多数、出てくるだろうと思われる。で、そのときに、Amazonが魅力的なブランドになっているかどうか。AppleのAppStoreにアプリを提供するとき、もちろんアプリを購入するユーザーが(他のスマートフォン市場に比べ)多いということもあるけれど、Appleというブランドがもつ魅力も、大きな要素になっている。Amazonが、クリエーターたちを引きつけられるかどうか。表現者たちの視点から、プラットフォームとしての魅力を捉え直す時期がくるのではないか。
どのような手作りパンを焼くのか。その方法と、その手作りパンの流通の方法は、実は表裏一体。手作りパンでもきちんと(新しい流通方法で)流通するようになったからこそ、手作りパンで大丈夫になった。でもそれが「産業」かというと、そうではない。手作りだから。ただ、その手作りパンを支える(新しい)流通は、立派な産業である。みたいなことを考えた。
(中略)
しかし、編集長レベルまでいって、俺の提案は蹴られたそうだ。
やはり救いようのないところまで来ているな、と思った。
(中略)
twitterとブログの時代をどう生き抜くか、雑誌界の認識はどこまでリアルか。
このままではほぼ、雑誌は「広告のために束ねた紙」で終わりかねない。
それは雑誌でなく、広束誌とでも呼ばれていればよいのではないか。 2009/7/24-b|readymade by いとうせいこう
BWは1929年創刊なので満80年の老舗誌である。約190人の編集スタッフを擁している。販売部数は93万部のトップクラスのビジネス誌である。だがこの2〜3年,以前の勢いが見られなくなっていた。さらに大不況に見舞われ,MPA(Magazine Publishers of America)によると,BWの2009年第2四半期・広告売上高が前年同期比ー30.1%の4388万ドルに落ち込んでいる。
英国のFT(Financial Times)には,今のBWを売りに出しても1ドルしか得られないと,こっぴどい評価を下されているのだ。BusinessWeekや NewsWeekのようなニュース週刊誌は,そろそろ幕を下せということか。新聞(ニュース日刊紙)以上に厳しいのかもしれない。
メディア・パブ: 売りに出た経済誌”Business Week”,1ドルの価値しかないとFTが評価
日本の雑誌にも同じ流れがくるだろう。第二次産業の沈没のスピードは比較的ゆったりしたものだけれど、第三次産業はほんとうに一瞬で沈没してしまう。
避難ボードであるインターネットメディアも小さすぎて、全員を救助することはもちろんできない。どうする?
Scribd
文書版「ユーチューブ」は出版の概念を大きく変える
複線キャリアのルール
・今いる業界や仕事の全体像を把握すべし
「例えば製造業ならメーカーから小売店まで、業界全体の動きが分かると、動ける範囲が広がります。私はこれを垂直統合と呼んでいます」(小山)
・動機はどこまでもポジティブであるべし
「恐怖の感情というのは、自分が本当に感じていることを包み隠してしまうもの(中略)ワクワクするとか、楽しいと思えることにまず取り組みましょう」(小山)
・目的を収入のアップに置くべからず
「お金を目的にすると、すごくキュークツになるのでしないほうがいい。企業と同じで、結果として利益が出たというのがあるべき姿だと思います」(小山)
・自分で自分の有能な秘書になるべし
「有能な秘書は、アポだけでなく『この作業にこれだけ時間がかかる』と、作業や準備の時間もスケジュールに入れます。そういった時間は見落としがちですが、計測できるもの。計れる時間はすべてスケジュールに入れるのが、ポイントです」(小山)
・1つの仕事は2分間で解決するべし
「2分間で物事を処理できれば、複数のことを同時並行できます。瞬間的に切り替えて、2分以内で解決するんです」(小山)
複線キャリア実践派 小山龍介さん
自分の中の「直感」に忠実に 将来像は漠然とイメージ
目指すは競争相手のいないキャリアの「青い海」
「今のような変動期には、『強いものではなく、変化に対応できたものが勝ち残る』と言われています。その意味で複線キャリアは、変化に対応するためのセーフティーネットという側面があります。」
全文は日経キャリア8月号でご覧ください
日経キャリアマガジン 2009年8月号
昨日作った、コミュニケーションツールの変遷を示したマップ。
横軸はスライス時間:コミュニケーションの切れ方=メッセージを受信する時間
縦軸は共有単位:上が「大きく、結果共有」、下が「小さく、細かく、過程共有」
旧世代が電話、TV、録画、手紙など。”個人と個人”か、”マスから個人”(一方通行)
第1世代が中央上側。既存のマスメディアの流れを踏襲しつつも、”たくさんの個人からたくさんの個人”(たくさんの一方通行)という流れが出てくる
第2世代は右下に移動して、共有とコラボレーションの時代。たくさんの個人とたくさんの個人で共有(コラボレーション)
現在は、どんどん左にシフト中。twitter、ミニブログ、Google Waveなど。より小さく、細かく共有していく(ほぼリアルでプロセスでのコラボレーション)
けっこう、いろいろな読み方ができる図になったと思うよ。赤線の枠は、スマートフォンやリッチモバイルの領域という意味。肌身離さず持っていて、数十分おきにアクセスしたいというニーズ。資料全部は、公開されたら、また流しまーす。
サンクス:@noritsuna、@ykoba
J-Wave PLATON収録後、TKO木本さん、アンジャッシュ渡部さんと。
7月2日(木) on air
テーマ:デジタル機器を駆使した情報整理術
・7月2日(木)のテーマは・・・“デジタル機器を駆使した情報整理術”
・ハイテク、デジタル化が進むこの世の中、デジタル機器を駆使して生活を豊かにしよう!
『IDEA HACKS!』、『iPhone HACKS!』などの著者、小山龍介さん、
そしてデジモノ好きなお笑い芸人、TKO木本さんをお迎えして、
デジタル機器を駆使した情報整理術を哲学していきます!
・メッセージはこちらからお願いします。
ニューロンモデルのメディアがもつ5つの特徴
(DNAモデルからニューロンモデルへのメディア変遷からのつづき)
ひとつは、リアルタイム性が重要になると言うことだ。音楽のグルーヴ感と同じように、メディアとしてのグルーヴ感が求められており、2chは 1000でスレッドを打ち切ることによって、こうしたグルーヴ感を生み出したメディアだった。twitterやtumblrはそれを、タイムラインという 形で表現して見せた。
ふたつめは、閾値の重要性だ。ニューロンの発火が、閾値を超えた刺激が来たときに発生するように、各ブログは、記事に対して閾値を超える刺激を受けた場合に転送(ReblogやRetweet)を行う。この閾値の設定は、ブログによって異なっており、逆に言えば、閾値の違いこそが、そのブログの個性を決定づけている。閾値はセンスと呼び変えてもいいが、この閾値の設定に基づいて、ニューロン同士は繫がっていく。(閾値の異なるニューロン同士は繫がりにくい)
みっつめは、このニューロンのつながりと転送ルートの確立である。発火が伝わっていくことが重要であり、ここに転送技術時代のメディアの力がある。この意味で、多くのSNSはミスを犯している。転送のハードルが高いのである。tumblrがスゴイのは、この転送ルートに特化したメディア設計を行っている点である。
よっつめが、報酬系の存在である。ニューロンの発火に対して、適切な報酬系が用意されていると、発火ルートは自己組織化を図っていくことになる。この点でも、多くのブログサービスは過ちを犯していて、ニューロンの発火が炎上に繫がるような設計になっていたり、ネガティブコメントが累積する設計になっていたりする。tumblr礼賛の記事になってしまうが、tumblarityはひとつのヒントになるだろう。評価をフィードバックさせたり、情報を回帰させることによって、自己組織化を図っていくというのが、ニューロンモデルのメディアの重要なポイントである。
その自己組織化を促すための特徴が、レイヤー構造である。twitterにおいて、タイムラインでの情報の垂れ流しから、情報が組織化していくきっかけになったのが、ハッシュタグである。これにより、情報がレイヤー構造を持つようになった。
脳がなぜ瞬時の判断を下せるのかと言うことについて、ジェフ・ホーキンスは「考える脳 考えるコンピューター」で、レイヤー構造にあると看破した。取るに足らない「恵比寿なう」「いま起きた」的なつぶやきと、より深い意味を持つつぶやきとを同じレイヤーで処理している時点では、twitterというのは効率の良い(スピードの速い)メディアにはならない。似たような情報同士がクラスターとしてまとまっていくことによって、雑多な情報から意味のある情報を取り出せるようになる。
このレイヤー構造は情報のつながりだけではなく、ニューロンであるブログそのものにも現れてくる。tumblarityが高いブログ、低いブログの間に、自然とレイヤー構造が生まれてくる(蛇足だが、ヒエラルキー構造とは違う)。tumblarityの高いブログに取り上げられた情報は、それだけ「有意である」と認められることとなり、他のブログへと急速に伝播していく。
社会的には、インターネットとマスメディアの関係が、レイヤー構造になっている。雑多な情報があふれるインターネットという下位レイヤーの情報が、上位のマスメディアに取り上げられることによって伝播する。インターネットの世界では、このレイヤー構造が、ものすごく柔らかいかたちで、形作られ、変化し続けている。
こうしたニューロンモデルのメディアを認識している日本のブログサービスが少なくて、「残念!」みたいな?
DNAモデルからニューロンモデルへのメディア変遷
これまでは、グーテンベルク以来、オリジナルを次々コピーするというDNAモデルでメディアをとらえることができた。書籍はその代表格で、そこではコピーライトを握ることがたいへん重要だった。DNA転写の際に収益を上げるモデルである。
ネットが普及し始めて、このDNAモデルではどうも都合が悪くなってきた。転写が一瞬で行われるデジタルメディアにおいては、転写そのものではなく、転写された情報の伝達スピードこそがメディアの力となっていった。「複製技術時代」のメディアから「転送技術時代」のメディアへと転換しはじめたのだ。
この「転送技術時代」を象徴するのが、tumblrである。ここでは自分の「オリジナル」のコンテンツをあげることだけではなく、引用(quote)や転載(reblog)が奨励されている。ほとんど転載だけで構成されるブログもあるが、しかしだからといって、そこに価値がないわけではない。音楽でいうならremixのおもしろさがそこにはあり、コピーライトを犯した単純な海賊版とは異なる感触がある。
この転送技術時代のメディアは、これまでのDNAモデルではなくニューロンモデルとして理解されるべきだろう。そこには5つのポイントがある。
